スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

あの日の事

当時コメントをくださった方々お返しせずにすみません



本日の茨城は北風が強く台風のよう 家が揺れる 余震と一緒に揺れたりするよ

折角整理した多肉棚、ひっくり返らないでおくれ…

押し入れの中のCD棚、ゴムを張ったので落下はしなくなりましたー




1ヶ月後に記そうと思っていたけど、また余震が来たのでなんとなく書く気に





3月11日、寒かったので朝からお風呂に入るつもりだった
ずーっとテレビを見たりしていたので結局2時を過ぎてから風呂の追いだきをする
金八先生の再放送が始まった日で、お風呂が沸いても気になって入っていなかった
3時過ぎたら入ろうかなって思ってテレビを見る

そしたら地震が来た

ここに越してから地震は多かった
いつもぶんちゃんのかごを押えに行ったりするけれど
今回も同じように…
そしたらどんどん揺れるどんどん揺れる止まる気配が無い
ぶんちゃんのかごを抱えて待つしかなく
「どうしようどうしようぶんちゃん」
とただ窓の外を見ながら叫ぶしかできなくて…
ずいぶんと長かった、今までこんなのは無かった
思いっきり東西に揺れ、少しずつねっとりと円を描くように終息…

揺れが収まってから周りを見るとお仕入れ、台所、全部散らばっている
多肉棚もエライことになってた
3段カートに入れていたメセンは無事だったのでよかった

とりあえずダウンコートと家の財布、ケータイとぶんちゃんを連れて外に出る

他の住民も隣の空き地に集まってきた
防災放送もかからない、電話もかからないしどうしようどうしようってなって
ぶんちゃんを車に置いてすぐ近くのバイト先に行くことにした

コンビニもめちゃくちゃになっていた
隣は市役所なので何か情報があればと思ったが、市役所自体が老朽化しており
近づかないようにと言われる

お店を閉めようと思うが少しずつ人が集まってきたので売れる物だけ売る
なぜか手伝いを始めてしまった自分…
でもこうしている方が楽だったかもしれない
ここで立ってられない地震がきて駐車場でしゃがみこむ
それを見てかどうかわからないが走っている車がすべて止まった

これが茨城県沖の地震だった

買いものにくる人もいればトイレを借りにくる人もいた
トイレ…当たり前にあるものだけどお店ももちろんダメ
貸したら後が大変なので断る
車いすの人も来たが本当に申し訳ないと思いつつ断る

店には緑の公衆電話があったので実家に電話してみる
「仙台で震度7の地震があって津波が来るっていってる」
等少しだけ情報をもらい無事だけ伝えて電話を切る

ここで涙が出た、周りの人に震度7の地震があったことを伝えて店の手伝いに戻る

そのうち夫が店にくる

「家に帰ったら鍵が開いていて冷蔵庫も全開、窓も開いてた、ぶんちゃんが車に乗ってるけど
いないからびっくりした」と…
メールしたからいいと思ってたけど、届くわけないか
もう店はいいからと少し食料を買わせてもらって家に帰った

落ち着いて家の中を見て回るとすごかった

押し入れは簡易的な引き戸3枚が付いているがその3枚が重ねて開けてあったおかげで
重い荷物はそこでとどまり、荷物をどけないと戸が動かないほど
もし1枚ずつだったら外れていたのかもしれない
そうしたらたぶん頭の上に降ってきただろう

電子レンジは落ちてガラスが割れていた
炊飯器は一見大丈夫そうだが、落ちた衝撃で窯がずれている
使うのが怖いので捨てる
トースターも無事ではあるが使ってみると上段のヒーターがあまり動いていない様子
これも使っているうちに破裂したら怖いので捨てる

この家電を置いていた細い骨組で背の高いキャスター付きの棚が結構揺れたらしく
買い換えることにした

水は出ない、電気も止まる…ありがたいことにガスが使える!!
こういう時にプロパンだといいのかもしれない
夫が冷蔵庫に残っていて使える物をトマト缶で煮込んでスープにした
これがうまかったなー
トマトに白だし、合います…

この日は朝にご飯を炊いて炊飯器に入れたままにしていたので
それでおにぎりを作って夜と翌朝のご飯にした
いつもならパックに入れて冷凍庫に入れていたもの、
引き戸の件もそうですが、なまけた性格が「表」に出ました

そしてトイレなんだけど…これもなまけた性格が「表」に
直前に入ろうとお風呂を沸かしていたのでお湯が残っていました、トイレ流せるー!!!!!
数回に1度流すようにしました
あとティッシュはバイオトイレの真似して流さないようにしました

地震から2日間、電気が復旧するまでは車に泊まりました
ガソリンを満タンにしていた軽で寝ましたが寒いです…
ラジオを聞きつつ温めては寝る、この繰り返し…朝は早く来ました


3月12日 朝ごはんを食べてから情報集めに市役所へ

発電機があってみんなが充電したりワンセグを見ている
朝刊がぺらっと置いてあるので見せてもらったら
津波の写真が載っていて唖然とする

電気は変電所が故障したので復旧作業中
水道は浄水場が故障したので当分目処が立たないとのこと

水の配給があるというので一応中学校へ行くが
時間どおりには始まらず、人も多くなったのであきらめる

この日は夫のセダンに乗り換えて夜を過ごした
温かさが全然違う
だけど、ダウンコートと毛布が無いとやっぱり寒い

3月13日 また朝から水を求めて並ぶが会社の人から連絡があって
会社の水が出るという!?
後でわかったことだが給水タンクが大きく残っている水が使えたらしい
給水に並ぶのをを止め、会社へ
色んな容器にたくさん水をもらってトイレも存分に使わせてもらって帰る
地震1週間前に韓国へ出張へいってお腹が下っていた夫だったが
「完全に治ってる!」と喜んで出てきた

晩ご飯に土鍋でお米を炊く
今のお米は精米技術がよくなったのであまりごしごししなくても大丈夫
白い水がでなくなるまで流すというが
そのうちたんぱく質だか何だかも白く出てきてしまうのであまり神経質にはならなくていい
お米用の土鍋は割れてしまったのでナベ用の土鍋を使ったが
うちぶたが無いので割り箸を空気穴?に挿して使う
ご飯とスープ、温かい物が食べれてすごくよかった

電気が戻り室内に戻った

テレビを見て驚くことばかり
私はよくテレビを見て泣くがあまり泣かない夫が泣いている
そして原発のニュース、土地柄チェーンメールもきた

何も分からないことだから不安に思ったりしていたら
出所がはっきりしていないものは信用しない、とか色々と夫が言い始めて安心しました
ニュースと新聞を信頼するのみです

家の掃除、洗いもの以外はとりあえず終了
かなりの事を夫がやってくれたので助かった

3月15日 ベッドで寝れるようになったので安心するかと思いきや余震が尋常じゃない
低い音でグーーーーーっと忍び寄ってくるのが背中全体でわかる
そのあとゆらゆらっとくるのだ
そんなんで私はもうだめで…夫は慣れていたみたいだけど
いやなので埼玉に移動しようと強くいった

すでにスタンド渋滞がおこっていたし放射線も気になっていたけど
夫はガソリンを買ってきて午後から下道で埼玉の実家へ
途中スタンド渋滞に何度もはまり6時間くらいかかったかな

2週間ほど居候させてもらい戻ってきて今に至ります
(というか連休を利用して帰る予定だったので日数が増えただけ)



思ったこと

お風呂の水はいざという時のためにはっておく

物はあっても意味が無い
(私は集めちゃう癖があるのでいい戒めになりました)

背の高い家具は買いたくない

オール電化ってどうなの?
(室外の機械が倒れたって話している人がいます)

将来的にはプロパンガスの家庭用の小さいガスボンベがあるといいかなぁ
(実家ではお鍋をやる時に使ってて、中越地震の時にも活躍した)

メールくれた方々、とてもありがたかったです
コメントくださった方々も、ありがとうございました


電気を修理してくれた人がいて、水道を修理してくれる人がいて
水を配ってくれる人がいて、原発を何とかしようとしてくれる人がいて
私には夫とぶんちゃんがいてくれましたが修理をしてくれた人にも家族がいて
私たちの生活の犠牲になっていると思います
どんなことも自分とつながっていて生かされていると思って感謝して生活していきたいと思います

夫は4月から会社へ行き始めましたが装置も無事で問題が無かった様子
だけど仕事はあんまりないので定時で帰宅してます
普段はお米を食べないんですけど、地震の後から毎日毎日まーいにち一緒に晩ご飯を食べるので
なんかレパートリーが無くなっちゃって(汗)

だけど一緒に食べれてすごくうれしい なんとなく充実感がある

テーマ:最近のお気に入り - ジャンル:趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

よくここまで鮮明に記憶してますね!驚きです!

私は仙台の実家が心配で、緊急時に子供を学校に引き取りに行かないといけないのに、受話器握りしめ忘れてました。。

母からのメールが届く6時間、何してたかな。。。

弟は電力関係の会社なんで、不眠不休で電柱をたてる方々の応援に行ってます。
復旧作業している方々も被災しているし、家族無くしてるし、ホントに頭が下がります。

また、石巻の病院に勤める友達は、地震以来、一日も休みが無いそうだけど、頑張るしかない!と言ってます。

ポンママさん


コメントありがとうございます^^
ポンママさんのご家族も、弟さんもお友達も無事で何よりです!!

いまは悲しむ時期は過ぎ動きだしていかないといけない時期になっているのかもしれません。
津波の被害を受けた地域の方々の気持ちは私にとっては計り知れないものなので軽々しく頑張って復旧をしていきましょうなど言えないのですが…すべてを失くしたんですよね。
私は家があるのでたぶん余裕がまだあって記憶してるんだと思います。
大変とは思わず戻していけばいいやと思って家の掃除とかしてましたもん。

まだ余震も気になりますし、気が抜けない日々だと思います。
いつかあの時はこうだった…そう思える時が来るまで安堵は訪れないと思います。
プロフィール

ユキ

Author:ユキ
毎日毎日話しかけておしゃべりするようになりました。
もうすぐ一歳のセキセイです。
耳元で歌詞を間違えドングリコロコロをご機嫌よく音痴に歌ってくれます♪
おかしくて、笑わずにはいられないという、癒しの青い鳥です☆

最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
リンク
ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ウィンドウショッピング♪
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。